昭和3年(1928)
日本オープン選手権に勝った浅見緑蔵
少年時代、東京ゴルフ倶楽部・駒沢コースでキャディマスターをしていた安田幸吉プロの弟子としてプロの道を歩んだ浅見緑蔵。 身長174セ ンチと当時のプロ界では抜群の長身で、その弾力ある身体から繰り出すショットは、天才的と言われた。
浅見は19歳の時に、第1回日本オープ ンに出場し、初代チャンピオンの赤星六郎(アマ)に次いで2位と大健闘し一躍浅見緑蔵の名を轟かせた。翌年には、師匠・安田幸吉、関西の宮本留吉を抑えて優勝。弱冠20歳。さらに1928年日本プロ優勝。 1931年日本オープンでは、2位の宮本に4打差の281ストロークで優勝。 同年日本プロでは、台湾出身の陳清水を5-3という大差で優勝する活躍ぶりを見せた。
浅見の天才的なゴルフと恵まれた体格が、アメリカ でも通用するのではないかという期待感から、日本ゴルフ協会が派遣を決めたと言われている。日本プロ誕生の草分け的存在である。後年、 日本プロゴルフ協会会長やコース設計などを手がけ、日本ゴルフ界に貢献した。